今回は、ふと思いついたことの考察を載せたいと思う。
コンビニで働いていた時のこと。
採用面接で「変わった人が多いけど、みんないい人だから大丈夫だよ」と言われた。
実際、働いてみると
車をカスタムするのが好きな人
底抜けに明るい人
すげー女子高生的な話し方する人(もちろん女子高生)
いわゆるオタク的な趣味の人
仕事中は怖そうな顔してるけど、実は話好きな人
メールアドレスが「-(ハイフン)」から始まる人
など、みんな個性豊かなキャラクターを持っていた。
この「変わった人が多いから」という言葉、よく聞く言葉だったりする。
みんなそうだと思うけど、僕もこれまで色々な集団に所属した。
家族、幼稚園、剣道クラブ、小学校、少年団、中学校、剣道部、高校、ワンダーフォーゲル部、乗馬学校、コンビニ、レストラン、保育専門学校、電気屋、保育園など。
そのどこでも大抵似たような言葉を聞いている。
でも、はたから見たらほとんどの人は、変わっているようには見えない。
(中には、どこからどう見ても変わってる人も居たけど)
じゃあ、「普通の人」ってどこにいるんだろう?
普通っていうくらいだから、その辺にたくさんいておかしくないはずなのに、
どの集団でも
「ここの人、普通の人ばっかりよ」
と言われたことは一度もない。
そもそも、「普通」ってなんだ?
多くの場合「平均的」という意味で使われていると思うけど、平均という言葉自体が、
デコボコをならした真ん中あたり
という意味だから、
要するに、「仮想の値」なんだよね。
そんな、何でもかんでも平均値みたいな人いたら、逆に珍しいでしょ。
そしたら、どうして行くとこ行くとこで「変わった人」に会うのかっていうと、
ある程度関わることで、その人のキャラクターがどんどん見えてくるから
だと思う。
深く関われば関わるほど、その人のこだわりや趣味、思想、価値観なんかが見えてきて、それを「個性的」と感じるから。
だから、僕たちはあまり知らない人のことを
「普通であるはずだ」
と思い込んでいるだけなんだ。
そしてそれは、今まで受けた教育によって「普通であること」を求められてきた結果だと思う。
でももう社会は普通の人を求めていない。
なら、教育も変わっていかなければいけない。
子どもの個性を大切にする共育が必要だ。
今回の考察で分かったこと
「普通の人」なんていない。世の中、変な人だらけ。それが普通。
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