表現活動ってどういうこと?

子ども

職場の保育園でクラスの先生と、子どもの描画について話をした。

「子どもが顔を描いたとして、『目』が一つしかないときって、どうですか?」

というもの。

『どうですか』っていうのは、目は2つだよって教えて描かせた方がいいか、そのままでいいのかってこと。

と言うのも、保育園だと制作活動で人の顔を正面から描くものが結構ある。

分かりやすいところだと、七夕とか、お雛様とか。

おりひめ、ひこぼしの顔を正面から描いて欲しかったのに、目が1つしかなかったとか、そう言うことね。

そんな時、保育士って心配になるんだよね。

人の顔をちゃんと認識してるのかとか、

こちらの話を聞いているのかとか、

自分の保育の技量とか。

でも、

描かせる必要は無いんだよね。

なんでかというと、

例えば、その子が人の「横顔」を描こうとしていたとしたら、どうだろう。

目が1つしかなかったとしても、大人でも納得がいくんじゃないかな。

もちろん横顔に目が2つあったっていいし、

正面の顔に目が一つだっていい。

どんなふうに描いてもいいんだけど、

分かって欲しいのは、

その子が本当に描きたいものは、

その子に聞かなきゃ分からないってこと。

さらに、子どもの場合、

聞いても分からないことも少なくない。

大人の価値基準で、勝手に子どもの絵を分かった気になっちゃいけない。

そもそも、幼児期の描画活動の目的は、

「表現することを楽しむ」ことだから、

「形を捕らえた絵が描けるようになる」ことでは無い。

だとしたら、例え目が1つだろうが、2つだろうが、3つだろうが、

その子が楽しんでいるなら、誰にも文句を言われる筋合いは無いはず。

描画は子ども自身の表現活動で、何をどう描くかは子ども自身が決めること。

その描きたいものに異議を入れるということは、その子の感性を否定する事になる。

感性を否定するということは、

「あなたのその感じ方はダメだよ」

って言ってるのと同じこと。

そんなことは、誰だろうと言っていいことじゃない。

子どもたちには、というか大人たちにも、

もっと言えば、僕自身に

もっと思うままに、自分を表現していいんだよと、

声を大にして言いたい。

洗濯物を取り込んでたら、
入ってきたコクワガタ

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